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福岡地方裁判所久留米支部 昭和52年(モ)27号 判決 1977年7月14日

債権者 執行俊安

右訴訟代理人弁護士 武井正雄

債務者 飯田明史

右訴訟代理人弁護士 田中光士

同 立川康彦

主文

債権者と債務者間の当庁昭和五二年(ヨ)第六号建築禁止仮処分申請事件について、当裁判所が同年二月一九日になした決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

主文第一項と同旨

二  債務者

1  主文第一項記載の決定はこれを取消す。

2  債権者の右仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  債権者は、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の北側に隣接する土地を、昭和四四年債務者の実父であり、本件土地の所有者でもある飯田茂治から買い受け、昭和四九年右土地の西側部分(以下債権者所有土地という。)に木造セメント瓦葺二階建居宅一棟床面積一階一二八・一四平方メートル、二階四三・八八平方メートル(以下債権者所有建物という。)を建築し、以来家族と共に右建物に居住している。

2  債務者は、本件土地上に、昭和五二年一月一八日から鉄骨造三階建共同住宅床面積合計三六五・九一平方メートル(以下本件建物という。)の建築工事を進めている。

3  債権者所有建物は、本件建物が建築されると、冬至においては一、二階の開口部は終日日照が阻害され、春分及び秋分においては一階開口部は午前八時半ないし同一一時以降日没に至るまで日照が阻害され、健康で快適な居住生活の基礎を破壊される。また、本件建物により、採光、通風が悪化するとともに日常の圧迫感は極めて大きく、三階建アパートの居住者から見下ろされる不快感も大きい。

4  本件建物の建築により債権者所有建物の日照、通風、採光が妨害され、債権者が甘受すべき限度をこえていることは明らかであるが、なお次のような事情も存在する。

(一) 債務者は、本件建物を債権者所有土地と本件土地との境界線から五〇センチメートルの間隔をおかずに建築しようとしている。(民法二三四条参照)

(二) 債権者は、その所有土地を飯田茂治から買い受けるにあたり、同人との間に本件土地の利用につき、二階建以上の建物は建築しないとの特約を付したものであって、本件建物の建築は右特約に違反している。

(三) 債権者は、昭和五一年三月ころから、隣家の原田ソノ子らを介して本件土地の買い受けを打診したが、断られ、さらに本件建物の基礎工事が始められた同年一〇月ころから、その所有建物の日照阻害を懸念して、債務者に対し三階建は困る旨再三懇請したにもかかわらず、債務者は債権者所有建物の日照を阻害する意図で本件建物の建築を開始したものである。債務者が債権者に対し右のような悪意を持って臨むのは、債権者が債務者の実父である飯田茂治から本件土地に北接する土地一一四坪を坪あたり二万七、〇〇〇円で買い受けた際、右飯田茂治の依頼により、同人の右売却代金にかかる税金を軽減する目的で坪あたり二万円で買い受けた旨のいわゆる裏契約を締結したものの、その後実際の売却代金が税務署に判明した他、その頃飯田茂治が同税務署から差押を受けたのを、債務者において、これは債権者が右売買代金を実際の売買代金より高い坪あたり三万円と税務署に申告したことによるものであると曲解した腹いせによるものである。

5  本件土地一帯は第二種住居専用地域に指定されているが、付近一帯は殆んど田畑で、その中に平家建又は二階建の住居とか倉庫が点在している程度であって、三階建以上の建物はなく、閑静な住居地である。

6  債務者は本件建物を賃貸して自らの利益を収めることのみを目的としている。

7  以上のとおり、本件建物の建築による日照阻害の程度、本件土地の地域性その他の事情を総合して考慮すると、本件建物の建築による日照等の阻害は社会通念上受忍限度を著しく超えていることは明らかである。

8  本件建物が当初の設計通りに完成すると、後日その一部を除去することが著しく困難になるおそれがあるので保全の必要性がある。

9  よって、本件仮処分申請を一部認容した原決定は相当であるから、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1及び2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、本件建物の建築により債権者所有建物の日照が少なくなることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同4の(一)及び(二)の事実は否認する。同4の(三)の事実のうち、本件土地の北側に隣接する住人から本件土地の買い受けの話があったこと、そしてその交渉が成立しなかったこと、飯田茂治が本件土地に隣接する北側の土地を債権者に売却した際、同人との間に税金対策のため実際の売却値段より安い値段で売却したかのように装った裏契約をしたことは認めるが、債務者が債権者に対し悪意を有していたとの点は否認する。

4  同5の事実のうち本件土地一帯が第二種住居専用地域に指定されていることは認めるが、その余の事実は争う。

5  同6、7の事実は争う。

三  債務者の主張

1  本件建物は、債権者所有建物の二階開口部の日照を全く阻害しないし、本件建物を二階建にすれば三階建に比し、その日照時間は増加するが、その割合はごく僅かである。また、アパート三階から居住者に見下ろされる不快感については、本件建物の北側開口部に透明ガラスを使用しないことや、通路に目隠しを取り付けることにより回避可能である。

2  本件土地は第二種住居専用地域に属しているが、更に制限が緩和された住居地域に隣接しており、九州自動車道久留米インターチェンジにも近く、また近くに久留米市により幹線道路の建設が計画され、本件土地の西側には七階建の中高層マンションが計画されるなど近い将来に発展が確実視される地域に属する。

3  本件建物は建築基準法その他の公法的基準を遵守したものである。近時日照の確保に関し指導要綱を特につくっている地方自治体がみられるが、そこで対象としている建物は一〇メートル以上または四階建以上のものであって、本件建物は三階建、一〇メートル未満のものである。

4  本件仮処分が認容されると、それは債務者に対し受忍の限度を超えた犠牲を強いることとなる。

第三証拠《省略》

理由

一  債権者が本件土地の北側に隣接する土地を、昭和四四年債務者の父飯田茂治から買い受け、同四九年右土地西側部分に二階建居宅一棟を建築し、以来家族と共に居住していること、債務者は飯田茂治所有の本件土地上に昭和五二年一月一八日から鉄骨造三階建共同住宅の建築工事を進めていること、本件建物の建築により債権者所有建物への日照が少なくなること、本件土地が第二種住居専用地域に属していることについては当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、債権者所有土地の面積は二五一・七三平方メートルであり、同所有建物の床面積は一階が一二八・一四平方メートル、二階が四三・八八平方メートルであること、右建物の一階には和室三室、洋室一室、台所兼食堂、浴室等があり、二階には和室二部屋があり子供部屋として使用されていること、本件建物が建築されると、債権者所有建物は、冬至においては、一、二階開口部は全て終日日照を阻害され、また春分秋分時においては、二階開口部の日照は終日確保されるものの、一階開口部のうち、中央部洋室は正午以降日没まで、東側和室は午前一〇時以降日没まで、西側広縁部分は午前一〇時以降午後三時半ころまでそれぞれ日照を阻害されること、本件建物は、その一階部分については債権者所有建物南側より一・八四メートルないし四・〇八メートルの距離にある(別紙平面図参照)が、二、三階の北側廊下の北側端と債権者所有土地との境界線とは僅か一六センチメートルの間隔しかなく、しかも高さ九・九九メートル、東西の長さ二一・九メートルの大きさをもって債権者所有建物南側をそっくり覆うように建築されることになっており、三階部分が鉄骨組立の段階で未だ完成していない現在においても、債権者所有建物に対する通風、採光はかなり阻害され、債権者及びその家族らが日常かなりの圧迫感その他の心理的影響を受けていることを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物が完成すれば、債権者所有建物の全ての開口部は、冬至においては終日日照を阻害され、また通風、採光も著しく悪化し、その圧迫感その他の心理的悪影響も著しく強くなるであろうことが認められる。

ところで債務者は、本件建物を二階建にしても、その増加する日照時間の割合はわずかであると主張するが、《証拠省略》によれば、本件建物を二階建にした場合には、冬至において、債権者所有建物のうち二階の子供部屋二室の開口部には午後三時頃まで日照が確保されることが認められ、これを覆すに足る証拠はなく、本件建物を三階建にした場合と比較すると、日照の範囲及び時間に相当の差があるのであるから右主張を採用できない。

三  債権者が飯田茂治から本件土地に北接する土地一一四坪(三七八・〇四平方メートル)を坪あたり二万七、〇〇〇円で買受けた際、茂治の依頼により右売買代金にかかる税金を軽減する目的で坪あたり二万円で買受けた旨のいわゆる裏契約を締結したことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、その後右売買における実際の売却代金が税務署に判明した他、その頃茂治が同税務署から脱税の疑いで四五万円の差押えを受けたのを、茂治において、これは債権者の妻が税務署に実際の売却代金よりも高い坪あたり三万円で買受けたと申告したことによるものと曲解し、右売却土地のうち四五万円に相当する部分の返還を求め、債権者所有土地の一部にかかるように有棘鉄線を張ったり、同人所有建物の造形の一部を破壊したりする等の行為があったため、右両者間に紛争が続き、右両土地の境界標の設置が非常に遅れたが、昭和四八年九月右境界標の設置をみ、ここに右紛争は一応納まったこと、同五一年三月債権者所有建物の東側隣家に債権者が飯田茂治から買い受けた前記土地のうち東側約一二六平方メートルを買い受けた、債権者の親戚にあたる原田一家が引越してきたことから、右両名においてそれぞれその南側に接する本件土地を買い受ける話がでたが、前記紛争により茂治から快く思われていないと考えていた債権者は、自己は表面に立たず原田を通じてその買入方を交渉したこと、一方茂治は息子の債務者を早く一人前の建築士(一級建築士)にさせてやりたいとの親心から同五一年一月頃から本件土地上に本件建物の建築を計画していたので、右買入交渉は難行したこと、債権者らは右交渉の過程において、債務者及び茂治が本件土地上に四階建のアパートを建てることを計画していることを知り、仮にそうなれば、債権者らの住居は日照、採光、通風を著しく阻害されるので、債務者らが本件土地上での右建築を思い止まるべく両者合意の下に代替地を探したが、結局適当な代替地がなかったため、本件土地上に本件建物が建築されることになったこと、債務者らは、本件建物を当初四階建にするつもりであったが、右交渉の経過からこれを三階建にすることとし、同年一一月二九日第一回目の建築確認を得たが、原田からの要望により更に本件土地の東側(原田の住居の南側)部分を空地になるように一部設計を変更し、同五二年一月三一日再度建築確認を得たこと、しかしそれより先の同月一七日右工事に着工し、翌一八日の両日で鉄骨部分の組立を全て終えたこと、本件建物は全八戸からなる賃貸式共同住宅で、建築後は専ら他人に賃貸し家賃収入を得るのが目的であること、現在における本件建物の建築状況は三階部分を除き外側のブロック壁の積み上げ工事は完了していること、三階部分の北側の一部を割ることは建物の構造計算上強度に影響を及ぼすおそれなどがあり、たやすくはできないが、その全てを取り除くことは、建築費に照らし貸アパートとして採算が難しくなるという金銭上の問題を別にすれば何ら問題のないことがそれぞれ認められ(る。)《証拠判断省略》

以上二、三で認定した事実によれば、本件建物の建築は、債務者においてことさら債権者を害する意図のみをもってなされたものではなく、建築基準法その他の公法的基準にも合致し、また近時地方自治体が作っている日照の確保に関する指導要綱の対称としている建物にも満たないものであり、却って三階の鉄骨部分の除去に多額の費用を要するうえに、かくすれば総建築費用との関係上アパート経営として採算が採れないおそれがあることが認められるが、人間の肉体的、精神的に健康な生活に甚大な悪影響を及ぼす、債権者所有建物に対する前述のような日照阻害等と対比すると、到底債務者に三階建である本件建物の建築を許容する理由とすることはできない。

そうすれば、この点に関する債務者の主張は採用できない。

ところで、債権者は、その所有土地を購入する際、同土地の南側にあたる本件土地上に二階建以上の建物は建築しないとの特約付きで飯田茂治から右土地を買い受けたものであると主張し、右主張に副う証人執行千鶴子の証言、債権者本人尋問の結果が存するが、いずれも成立に争いのない疎甲第三一号証、疎乙第一二号証(土地売買契約証)、証人飯田茂治の証言及び右認定にかかる本件土地買受方交渉の過程の事実に債権者本人尋問の結果を対比すると、なるほど本件土地の将来の利用方法に関し何らかの話し合いがなされたことは窺えるが、それ以外の右証言及び尋問の結果はにわかに信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

四  《証拠省略》によれば、本件土地一帯は第二種住居専用地域に指定されている(この点については当事者間に争いがない。)が、実際には、本件建物周辺には田畑が多く残り、かつ史跡も存在し、本件建物より数百メートル離れた場所に三階ないし四階建の建物が数棟見受けられる程度で、木造の平家建または二階建の建物が殆んどを占めるいわゆる田園的な低層住宅地域であること、もっとも九州自動車道久留米インターチェンジが直線距離にして約千数百メートルの所にあり、また付近には大規模団地及びそれに伴う幹線道路の建設が計画されるなど将来の発展が必ずしも予想されないとはいえないが、右地域が幹線道路から大きく入り込んでいるという立地条件、更には右諸建築物に近接している久留米市街地(中心街こそ五、六階のビルが建ったが、街外れになると木造二階建の建物が多い。)との関係等を勘案すれば、右地域が田園的な低層住宅地域から脱皮するにはかなりの年月を要することが認められる。

右事実によれば、債務者の本件建物はこの付近における通常の用法に従った土地利用であるとはいえない。

五  土地の高度利用化の進んでいない住宅地域においては、土地建物に対する日照は土地建物所有権の一内容とみて十分であるから土地建物に対する日照阻害等が受忍限度を著しく超えるときは、その所有権の円満な行使を侵害するものとして、その侵害者に対しその侵害行為の排除または予防を請求することができるものと解する。

そこでこれを本件についてみるに、前述したように(一)本件建物完成による債権者所有土地及び建物に対する日照阻害等の程度自体極めて重大であること、(二)自然の恩恵と不可分な生活様式、建築様式が長い間維持され、土地利用に関する慣習(社会的合意)が存在してきたわが国においては、日照環境を考える場合、当該地域が行政的な用途地域のいずれに属するかを考慮することもさることながら、よりよい環境としてその地域が現実に有する実態を重視すべきであるところ、本件土地一帯は第二種住居専用地域には属するものの、実態は明確に田園的な低層住宅地域である特性をもっていること、(三)本件建物の使用目的は営利にすぎないこと、(四)債権者は債務者が本件建物建築に着手する七年余前にその父から債権者所有土地を買い受け、右建築着手の一年数か月前より既に債権者所有建物を建築しこれに居住していること、(五)いま仮に本件建物を周辺の建物と同様二階建とした場合には、債権者所有建物の日照は、冬至において、子供部屋である二階二室の開口部については午後三時ころまでほぼ完全に確保され、そうなれば通風、採光等もかなり回復され、圧迫感等の心理的悪影響もまたかなり緩和されるものと推認できるのであって、右程度の日照阻害は、受忍限度内のものというべきであり、右のような本件建物の設計、建築変更によって前叙のような日照被害等を回避することが可能であることなどの事情を考え合わせると、本件建物の建築完成によって債権者が受ける日照阻害等は被害土地、建物の所有者として社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく超え、単なる損害賠償等の金銭的補償をもってしては救済できない程度に達しているものといわなければならない。

そうすると、債権者の本件仮処分の申請は土地建物所有権に基づく妨害予防ないしは排除請求権の行使として、本件建物の三階部分の建築続行禁止を求める限度で、その被保全権利の疎明は充分である。

また、本件建物が債務者の設計通りに完成すると、後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性も認められる。

六  以上の次第で原決定は相当であるからこれを認可し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 最上侃二 一宮和夫)

<以下省略>

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